沿革

 

設立~創立30周年
昭和 2年 3月 1日 豊橋市商業専修学校設立
昭和16年 3月31日 豊橋市立第二商業学校に組織変更
昭和19年 1月17日 太平洋戦争に伴い、工業高校の必要は焦眉の急となり、昭和18年に発令された教育の非常措置令に従って豊橋市立第二商業学校を第二工業学校に変更する目的で昭和19年度から中等学校令による豊橋市立第二工業学校設置の件が市会で議決された。
昭和19年 3月24日 豊橋市立第二工業学校設立並びに学則が認可された。就業年限4か年、国民学校高等科修了者を収容する。機械科(40名)、電気科(40名)。
昭和19年 4月 1日 開校。商業学校第1学年修了者は全員工業学校の第2学年に編入。従って本校は開校と同時に第1・第2学年を有することとなった。
昭和19年10月11日 全学年を通じ、軍需工場に働く学徒は、各自の職場で、他は全員学徒勤労報国隊として豊川海軍工廠に動員され、学校の授業は全く中止された。
昭和20年 6月20日 前日夜半よりこの日の早暁にかけて行なわれた米軍の豊橋空襲により市街の大半は焼失し、本校もまた講堂一棟を残すのみで校舎は全部焼失した。
昭和20年 8月 7日 午前9時頃行なわれた米空軍の豊川海軍工廠空襲によって、工場の大部分は破砕され、作業中であった多数の学徒工員が死亡した。本校生徒の殉職者なし
昭和20年 8月20日 動員解除となり、出動生徒は復校した。校舎焼失のため、講堂の一部と校庭に設けた天幕張仮教室授業を開始した。
昭和20年11月 1日 豊橋国民学校校舎の一部を借用して、東田町の元校地より移転、授業を続けた。
昭和21年 1月 1日 時勢の推移により、生徒および父兄の希望に応じて各学年より商業科1学級ずつを編成、第3学期より分離して授業することとした。
昭和21年 4月 1日 電気科を廃止して機械科のみとした。
昭和22年 3月31日 教育基本法(法律第25条)、学校教育法(法律第26条)公布により、本校第1学年生徒は自動的に新制中学の第3学年生徒となり本校は併設中学校を持つこととなった。
昭和22年 4月 1日 本校教官は辞令を用いず併設中学校教諭を兼務することとなった。
昭和23年 3月 1日 学校教育法第41条により学則が認可され、学校名ならびに組織が改められた。すなわち、豊橋市立第二工業学校は豊橋市立工業高等学校の併設の夜間課程となり、科及び定員は次のごとく定められた。
夜間課程機械科 160名(各学年40名募集)
昭和23年 4月 1日 新学則に従い、在学生徒は夫々高等学校の該当学年に編入された。而して夜間課程は草間町の豊橋市立豊橋工業高等学校の設備完了次第移転することに決定した。
昭和23年10月 1日 学校設備統合実施に伴い、豊橋市立工業高等学校は豊橋市立農業高等学校と統合せられて一校となり、豊橋実業高等学校が設立された。本日付で吉田慶次郎豊橋実業高等学校が新校長に任命された。
昭和23年11月22日 豊橋市立中部中学校の仮教室から草間町の豊橋市立工業高等学校の校舎に移転を完了して、同校併設夜間課程として授業を開始した。
昭和24年 3月 4日 豊橋実業高等学校(夜間課程)として第1回卒業式を挙行した。
昭和24年 3月31日 県下高等学校の再統合・学区制実施並びに教育の大幅移動が実施された。すなわち、23年1月1日に合同した旧農業高等学校が再び分離して時習館高等学校に吸収合併され、旧工業高等学校の単独となった。
昭和24年 9月 1日 旧校舎での授業を中止して全面的に本校舎にて授業を開始した。
昭和24年12月24日 本校校舎の改築および工場移転の完成により、盛大に記念式典を挙行した。
昭和26年 4月 1日 電気科を新設した。
昭和27年 3月 県立移管、愛知県立豊橋工業高等学校と改称
昭和27年 9月 1日 校長吉田慶次郎、病気のため休職を命ぜられた。
昭和27年 9月10日 豊川分校主事白井藤吉、校長に任命された
昭和28年 9月 3日 本校3月着工の普通教室校舎(木造2階建、12教室)が8月中に完成したので旧校舎より移転して授業を開始した。
昭和28年 9月19日 普通教室校舎の落成式を行なう。
昭和30年 4月 1日 愛知県立福江高等学校長河野太喜造、校長に任命された
昭和30年 6月30日 機械科実習室完成、自転車置場完成
昭和33年 3月31日 給食調理室が完成した。
昭和33年 4月 8日 学校給食を開始した。
昭和34年 5月27日 本校竣工式を行なう。
昭和35年 8月31日 特別教室(理科・製図室等)が完成した。
昭和37年 2月28日 建築科・土木科実験室が完成した。
昭和37年 9月30日 第3校舎(鉄筋コンクリート造)2階建竣工
昭和39年 4月 1日 機械科1学級増認可
昭和40年 4月 1日 愛知県立岡崎工業高等学校長山上芳雄、校長に任命された。
昭和41年 2月 2日 機械科実習工場竣工
昭和43年 3月31日 電気科実習実験工場竣工
昭和43年 4月 1日 愛知県立豊川工業高等学校長山口裕嗣、校長に任命された。
昭和44年 1月10日 夜間照明(16kw)完成
昭和44年 3月29日 鉄筋4階建6教室完成
昭和45年 7月30日 プール竣工
昭和45年12月25日 体育館兼講堂竣工
昭和46年 3月20日 機械科実習工場増築
昭和46年 3月25日 第4校舎(普通教室16)竣工(鉄筋4階建、延1569㎡)
昭和47年 2月26日 愛知県立豊川工業高等学校長補佐鈴木俊一、校長に任命された。
昭和47年 5月31日 鉄筋4階建特別教室・渡り廊下・武道場完成
昭和49年 7月 9日 機械科実習工場増築


創立30周年~現在
昭和49年11月15日 創立30周年記念行事実施
昭和50年 4月 1日 愛知県立豊川工業高等学校長安形俊、校長に任命された。
昭和51年 4月 1日 機械科1学級減
昭和52年 4月 1日 愛知県立刈谷工業高等学校長塚本豊、校長に任命された。
昭和53年 3月20日 電気科実習実験工場増築
昭和54年 3月22日 給食調理室が完成
昭和55年 3月20日 給食用食堂計画予定の一部が完成
昭和57年 3月 1日 定時制独自のクラブハウス(4室)が完成
昭和57年 3月 1日 普通教室校舎と食堂をむすぶ渡り廊下が完成
昭和58年 4月 1日 愛知県立豊田工業高等学校長石川泉、校長に任命された。
昭和59年 3月17日 産振棟(工業基礎棟)完成
昭和59年 9月29日 非難口誘導灯新設
昭和61年 4月 1日 愛知県立豊川工業高等学校長渡辺賢一、校長に任命された。
昭和62年 1月26日 普通科教室照明改修工事
昭和62年 3月25日 グランド、テニスコート照明増設
昭和63年 4月 1日 愛知県立刈谷東高等学校長高須孝夫、校長に任命された。
平成 2年 4月 1日 愛知県立豊川工業高等学校長平松嘉昭、校長に任命された。
平成 6年 4月 1日 愛知県立小牧工業高等学校長神谷光保、校長に任命された。
平成 7年 4月 1日 電気科募集停止となり、機械科のみとなった。
平成 8年 4月 1日 愛知県立豊川工業高等学校長伊藤善美、校長に任命された。
平成10年 3月 2日 電気科最後の卒業生6名を送り出す。
平成10年 4月 1日 愛知県立東山工業高等学校長永屋達夫、校長に任命された。
平成12年 4月 1日 愛知県立三谷水産高等学校長市川優、校長に任命された。
平成13年 4月 1日 愛知県立豊川工業高等学校長小笠原秀明、校長に任命された。
平成14年 3月 弓道場改築。
平成15年 4月 1日 愛知県立碧南工業高等学校教頭鈴木恒男、校長に任命された。
平成18年 2月17日 機械科実習棟・渡り廊下新築。
平成18年 4月 1日 愛知県立豊田工業高等学校長村田豊博、校長に任命された。
平成21年 4月 1日 愛知県立豊田工業高等学校長上田末喜、校長に任命された。
 平成24年 4月 1日 愛知県立豊橋工業高等学教頭吉田豊、校長に任命された。

平成24年4月現在

学校概要    

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